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歌稿A〔明治45年4月〕

23
邪教者の家夏なりき大なるガラスの盤に赤き魚居て
 
24
高台の家に夏来ぬ麦ばたけ時に農具のしろびかり見て
 
25
皮とらぬ芋の煮たるをくばられし兵隊たちをあはれみしかな
 
26
白きそらは一すぢごとにわが髪をひくこゝちにてせまり来りぬ
 
27
鉛筆のけづり屑よりかもしたるまくろき酒をのむこゝちして
 
28
せとものゝひゞわれのごとくほそえだは淋しく白きそらをわかちぬ
 
29
暮れて行く雪にまろべる犬にさへ狐の気ありかなしき山ぞ
 
30
ひるもなほ星みる人の目にも似むさびしきつかれ早春の旅
 
31
うす白きひかりのみちに目とづればあまたならびぬ細き桐の木
 
32
黒板は赤き傷うけ雲たれてうすくらき日をすゝりなくなり
 
33
いたゞきのつめたき風に身はすべて剖れはつるもかなしくはあらじ
 
34
物がみなたそがるゝころやうやくにみ山の谷にたどり入りぬる
 
35
褐色のひとみの奥に何やらん悪しきをひそめわれを見る牛
 
36
愚かなるその旅人は殺されぬはら一杯の物はみしのち
 
37
泣きながら北にはせゆく塔などのあるべき空のけはひならずや
 
38
今日もまた宿場はづれの顔赤きをんなはひとりめしをくらへる
 
39
深み行きてはては底なき淵となる夕暮ぞらの顫ひかなしも
 
40
から草はくろくちいさき実をつけて風にふかれて秋は来にけり
 
41
山鳩のひとむれ白くかゞやきてひるがへりゆく紺青のそら
 
42
十月に白き花さき実をむすぶ草に降る日のかなしくもあるか
 
43
だんだんに実をつけ行きて月見草いま十月の末となりぬる
 
44
靴にふまれひらたくなりしからくさの茎の白きにおつる夕陽
 
45
西ぞらの月見草のはなびら皺みうかびいでたる青き一つぼし
 
46
山なみの暮の紫紺のそが西にふりそゝぎたる黄なる光を
 
47
専売局のたばこのやにのにほひもちてつめたく秋の風がふく窓
 
48
なつかしきおもひでありぬ目薬のしみたる白きいたみの奥に
 
49
わが爪に魔が入りてふりそゝぎたる月光にむらさきにかゞやけり
 
50
あすのあさは夜あけぬ前にたつわれなり母は鳥の骨など煮てあり
 
51
鉄のさび赤く落ちたる砂利にたちて忙しく青きはたを振る人
 
52
鉛などとかしてふくむ月光の重きにひたる墓山の木々
 
53
軸棒はひとばん泣きぬ凍りしそらピチとひゞいらん微光の下に
 
54
凍りたるはがねの空の傷口にとられじとなくよるのからすか
 
55
不具かたわなる月ほの青くのぼるときからすはさめてあやしみなけり
 
56
鉛筆のこなによごれしてのひらと異端文字とを風がふくなり
 
57
霜ばしら丘にふみあれば学校のラッパがはるかに聞えきたるなり
 
58
いくたびか愕きさめて朝となりしからすのせなかに灰雲がつき
 
59
ブリキ鑵がはらだたしげにわれをにらむつめたき冬の夕暮のこと
 
60
潅木のかれは紅き実かやのほの銀にまじりて風にふるふか
 
61
さいかちの実のごとくからすら薄明のそらにうかびてもだすなりけり
 
62
きら星のまたゝきに降る霜のかけら墓石石は月光に照り
 
63
うす黒き暖炉にそむきひるのやすみだまって壁のしみを見てあり
 
64
白きそらひかりを射けんいしころのごとくちらばる丘のつちぐり
 
65
つちぐりは石のごとくに散らばりぬ丘の凍りしあかつちのたひら
 
66
あかるかに赤きまぼろしやぶらじとするよりたちぬ二本のかれ木
 
67
湧きいでてみねをながれて薄明の黄なるうつろに消ゆる雲かも
 
68
こぜわしく鼻うごかして西ぞらの黄の一つ目をいからして見ぬ
 
69
西ぞらのきんの一つ目うらめしくわれをながめてつとしづむなり
 
70
寒行の声門たちよ鈴の音にかゞやきいづる星もありけり
 
71
厚朴の芽は封蝋をもて固められ氷のかけら青ぞらを馳す
 
72
粉薬は脳の奥までしみとほり痛み黄色の波をつくれり
 
73
屋根に来てそらに息せんうごかざるアルカリ色の雲よかなしも
 
74
巨なる人のかばねを見んけはひ谷はまくろく刻まれにけり
 
(補)
 
75
風さむき岩手のやまにわれらいま校歌をうたふ先生もうたふ
 
76
いたゞきの焼石を這ふ雲ありてわれらいま立つ西火口原
 
77
石投げなば雨ふると云ふうみの面はあまりに青くかなしかりけり
 
78
泡つぶやく声こそかなしいざ逃げんみづうみの碧の見るにたえねば
 
79
うしろよりにらむものありうしろよりわれらをにらむ青きものあり