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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第323号--2005.04.30------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------
【特集】「ヒドリ」誤記問題について
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--〔話題〕--------------------------------------------------
「ヒドリ」誤記問題について
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標記の件について、入沢康夫さんから原稿をいただきました。
これは有名な「雨ニモマケズ」が、手帳に書かれている文面では
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
となっていることが発端です。「ヒドリ」は通常、「ヒデリ」の
誤記とされています。確かに「ヒドリ」では意味不明ですし、次の
「サムサノナツ」と対句になっているのですから、「ヒデリノトキ」
とする読みで問題ないと思います。
「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」「修羅のなみだはつちにふる」
と考えれば、天候不順に心を痛めた宮沢賢治らしい、整った詩句で
す。
しかし、「ヒドリ=ヒトリの誤記」説や「ヒドリ=日雇い労働」
説なども存在し、実はそれが正しいのだ、などと囁かれていたりし
ます。
このあたり、テキストの確立ということについて、いろいろと誤
解もあるようで、入沢さんは日頃から気にされていたようです。普
通に出版された本なら、編集者にチェックされて訂正してしまうの
で、何の問題もないのですけれど…。
「日照りに不作無し」 などということを持ち出している人もい
ます。これは誤解がありまして、この言葉はどこにでも通用するも
のではないのです。「水さえあれば」冷害の危険の大きい東北地方
では日照りは歓迎すべきものです。しかし、日照りによって水が不
足する条件のところでは、当然旱害がおこります。
要するにこの言葉が本当かどうかは、灌漑設備が充分整っている
かということに左右されるのです。そして宮沢賢治の住んでいた環
境では、まだまだそうした農業社会資本が充分ではなく、日照りは
旱害に直結したことは、作品を読めばわかります。具体例は下で紹
介しているように、入沢康夫さんが宮沢賢治学会の掲示板に書かれ
ているとおりです。
この件について、宮沢賢治学会の会報の最新号に入沢康夫さんの
記事が掲載されています。
http://www.kenji.gr.jp/kaiho/kaiho30/index.html#P
また、それについての補足を掲示板に書き込まれています。
http://www.kenji.gr.jp/cgi-bin/bbs/bgbbsg.cgi#20050406112534
この件について、宮沢賢治学会のサイトでも特集ページを作る予
定で、書き込みを使わせてもらうようお願いしたところ、何回かに
わけた書き込みをまとめた原稿をいただきました。ついでにこのメ
ールマガジンにも原稿をいただけた、というわけです。
ということで、入沢さんの原稿を以下に紹介します。
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
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「ヒドリ=ヒトリ(一人)の誤記」説のこと 入沢康夫
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これは、のちに「雨ニモマケズ手帳」の徹底的研究その他の著し
い業績で第二回宮沢賢治賞を受けられた碩学の小倉豊文氏が創唱さ
れた説で、研究誌「宮沢賢治」(北洋社)の第7号(1987年11月刊)
に載った「『雨ニモマケズ』手帳新考・補説」という文章の末尾に
開陳されています。これは「ヒドリ=日雇い労働」説が出るよりも
ほぼ2年前でした。
その要点を引用しますと、
「私は『ヒドリ』が花巻地方の方言としていかなる意味をもつかを、
私の力の及ぶ限り博捜した。その結論は『ヒドリ』は『ヒデリ』で
も『ヒトリ』でもないといわねばならなくなったのである。とすれ
ば、賢治の不用意なミスと考えねばならない。(中略)/私は『ヒ
トリ』のミスであると考える。ミスの程度もただ『ド』の濁点をと
るかとらぬかだけで、『ヒデリ』とは大差があるともいえよう。だ
が、私の主要な理由は『ヒドリ』の前に続いている構文と関係する
のである。構文と関係するといえば、「ヒデリ」と読むのも、次の
行の「サムサノナツ」との対照的関係が理由になるであろうが、私
が「ヒトリ」と読みたいのは、その前の『東ニ……』・『西ニ……』
・『南ニ……』・『北ニ……』に関係するのである。」
として、ここには仏典に見られる釈迦青年期の「四門遊観」の影響
があると考えられること、これらがいずれも対人関係であることを
述べた上で、「それに対して『ヒトリ』孤独の時は……という発想
と考えるのが、最も自然であろうと私には考えられるのである。/
いかがであろうか。」と、結ばれています。
ところで、小倉氏の「ヒドリ」に関する判断・見解を、それの収
められている著書のそれぞれについて、刊行順に該当箇所を引用し
てみますと、次のようになっています。
(1)『宮澤賢治の手帳研究』 創元社 1952 p.134
第三に五十六頁の最後の行の「ヒドリ」は「ヒデリ」の誤りであ
ろう。ひでりをひどりという方言はない。どうしてこんな間違いを
したかもわからない。しかし、「ヒデリ」に相違はない。
(2)『宮澤賢治「手帳」解説』 生活文化社 1967 p.42
59の終から二行目の「ヒドリ」は「ヒデリ」の誤記で、「旱」の
意。方言ではない。
(3)『「雨ニモマケズ手帳」新考』 東京創元社 1978 p.149
最後に原文批判の問題として「ヒドリノトキハ」の「ド」に注意
しておきたい。校本全集十二巻では「ヒドリはヒデリの誤記か」と
補説しているが、同全集第六巻「補遺詩篇1」では「最終形態」と
して〔入沢補注 小倉氏の誤解。《「本文」としては》とあるべき
ところ〕「ヒデリ」としてある。これは明らかに手帳原文は「ド」
であることを読者は銘記しておいて将来の研究問題にしてほしいと
念願する次第だ。「ヒデリ」(日照り)を「ヒドリ」という地方語
は、私の今までの調査ではどこにも無いらしいのである。私は賢治
の不用意なミスであり、賢治がこの詩を余り重要視していなかった
ことを自〔おのずか〕らに示していると考えられるとも思う。
(4)『解説 復元版宮澤賢治手帳』 筑摩書房 1983 p.54
ほとんど訂正もなく、「ヒデリ」を誤った「ヒドリ」も直してい
ない。軽い筆致ですらすらと書いている。
(5)『宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究』筑摩書房 1996 p.141
〔ここでの小倉氏のヒドリへの言及部分は上記の(3)と全く同一
で、なんらの加除もなされてない〕
さて、初めに紹介しました「ヒドリ=ヒトリの誤記」説が出たの
は、上の(4)と(5)の間に当たるわけで、それまでは(1)〜
(4)でお判りのように、おのおの微妙な差はあるようですが、大
筋として小倉氏はずっと「ヒドリ=ヒデリの誤記」説をとっておら
れたわけです。
1975年の年末に校本全集の第十二巻(上)が出て、そこに「雨ニ
モマケズ手帳」が、他の手帳13点と共に各頁の写真入りで収録され、
(3)では、それについての言及もなされています。おそらくこの
頃から小倉氏の心の中では「ヒドリ」の正体についての再吟味が始
まっていて、1987年に「ヒドリ=ヒトリの誤記」説が書かれたとい
う運びであろうかと思われます。
その発表の約2年後1989年に、宮沢賢治記念会の理事長だったT
氏の「ヒドリ=日雇い労働(あるいはその賃金)」の説がジャーナ
リズムのセンセーショナルな話題になりました。その際に、研究者
の一部によって小倉氏の「ヒドリ=ヒトリの誤記」説も併せて検討
されることになりました。
私(入沢)は、1989年の11月に、当時ある雑誌に「詩にかかわる
あれこれ」という総題で連載していたコラムの一回をこの問題に当
ててこれら二つの新説の概要を紹介すると共に、どちらにも賛成す
るわけにはいかない旨を書きました、翌年5月にも、同じコラムで、
この問題を話題にし、原子朗氏の鋭い見解なども紹介しました。
(これら私の二つの小文は1991年に出た『宮沢賢治──プリオシン
海岸からの報告』の巻末近くに収録してあります。)同じ頃、校本
・新校本両全集の編纂仲間でもある奥田弘氏が「『ヒデリ』寸見」
という文章を雑誌「銅鑼」49号(1990年9月発行)に発表されていま
す(のちに『宮沢賢治研究資料探索』2001年10月蒼丘書林刊に収録)。
この奥田氏の文から当面重要な結論的部分を引いておきます。
「……ここで特記しておきたいことは、賢治の詩、童話等の作品の
ほかに、書簡、雑纂と称される遺稿等の中に『ヒドリ』の用語があ
るかどうかの問題である。「校本全集刊行後は、手入れ推敲の跡が
わかるようになった。詩篇『毘沙門天の宝庫』の『ひ〔ど→で〕り』
などもその例である。しかしこれは、発表を意識していた詩・童話
の原稿にのみ、手入れ推敲の作業が加えられたものと思われる。手
帳などは、記入時の加筆、訂正をのぞいては、手入れ推敲をしない
まま放置されたものと考えた方がよかろう。/今後、この『ヒドリ』
の語が、賢治の原稿その他から発見された場合は『雨ニモマケズ』
の読みとりにおいて、この語が市民権を得る条件の一つとなろう、
しかし、今のところは、やはり『ヒドリ』は誤記と考えた方がよか
ろう。」
そして「ヒドリ=ヒトリの誤記」説については、
「この説は、後半の句『野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニ
ヰテ』を考えると、『ヒトリ』では対応しないのではないか。つま
り、『小屋ニヰテ』は、賢治がヒトリ、小屋ニヰることが前提でな
ければならない。したがって、『ヒトリノトキハ』の読みとりは成
立しないので、この説にもくみするわけにはいかない。」
これが奥田氏の結論でした。
やはりほぼ同じ時期の1990年5月発行「北の文学」20号、同年11
月発行「賢治研究」誌53号には、平沢信一氏の論考「《誤記》の可
能性」「遺された三つの《ヒドリ》」が発表されていて、これは主
として「ヒドリ非誤記説」への強力な批判と、証拠提示でした。私
(入沢)が、そうした批判説を紹介しつつ、草稿のコピーを示して
行なった1990年年末近くの「宮沢賢治フォーラム」での小講演は、
翌1991年2月発行の「賢治研究」54号に要旨が掲載されました。小
倉豊文氏は、これら一連の動きを、深い関心と共にじっとみまもっ
ておられたようです。そして、いったんは掲げてみた「ヒドリ=ヒ
トリの誤記」説の旗を、やがていさぎよく撤回されたらしいのです。
と言いますのは、私が1991年夏に『宮沢賢治──プリオシン海岸か
らの報告』をまとめ、小倉氏にも一冊献呈した際に、小倉氏は早速
返礼の電話をくださって、そのとき上記フォーラムでの講演要旨の
文をなぜ収録しなかったのか、あれが収録されていれば「ヒドリ」
論議にピリオドが打てたものをと、強く詰問・叱責されたからです。
こうして小倉氏の「ヒドリ=ヒトリの誤記」説は、著書に収録さ
れるという形での「日の目」を見ずにおわりました。先に書きまし
たように、(5)『宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究』は著者没
年の1996年の刊行ですが、内容はおおむね(3)の東京創元社版の
『新考』を踏襲しているとはいうものの、よく調べると、たくさん
の箇所で小さな手入れ修正がなされています。人名の後に付されて
いた「氏」の文字の削除。宮沢政次郎に付されていた「翁」の削除
などは、あるいは編集者に命じて作業を一括依頼されたともいえそ
うですが、頁によってはかなり大幅な手入れ改変が施されていると
ころもあり(例: 249頁)、最晩年(没年)の著作といっても、著
者自身の手入れがなされていることが判ります。
してみれば、もしも小倉氏が「ヒドリ=ヒトリの誤記」説になお
固執されていたとするならば、著者手入れの折に、当然ここでそれ
が追記・力説された筈ですが、前述の通り、問題部分はもとのまま
ですし、「手帳の筆録状態をみても、(……)ほとんど訂正もない。
繰り返して読み、吟味したのであれば『ヒデリ』を『ヒドリ』と誤
記したのなどは訂正された筈ではあるまいか」という巻末の「余説」
中の文も、『新考』のまま、変えられていないのです。
こうして、小倉氏の「ヒドリ=ヒトリの誤記」説は、露頭を見せ
たと思うとまもなく、四、五年で消えてしまいました。しかし、そ
れが伝わったせいか、それとも別筋の話なのか、インターネットの
「掲示板」などを見ていますと、「ヒドリはヒトリだそうだ」「ヒ
トリが訛ったのだそうだ」といった書き込みをよく見かけます。
(「ヒドリ=日雇い労働」説も、もちろん、いまだに、しきりに採
り上げられています。)
それもこれも、せんじつめれば、「〔雨ニモマケズ〕」が、《超
有名作品》となってしまった《報い》ということになるのでしょう
か? (2005-4-13記す)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
--〔BookMark〕----------------------------------------------
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
http://www004.upp.so-net.ne.jp/mrkei/tawa29.htm
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」と言えば、国語の教科書にも登場す
るくらいに、有名な詩である。数年前にテレビで面白い話を聞いた。
宮沢賢治の研究をしている大学教授かだれかの話であったが、その
話によれば、中に登場する一節の「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」
の部分は賢治の元原稿では「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」であ
ったというのだ。これは、賢治が出版時に出版社の編集者の指摘に
より最終的には「ヒデリ=日照り」に変えた物だそうである。
この研究者(先生)は元の「ヒドリ」は、出版社が指摘したよう
な「ヒデリ」の書き間違いではなく「ヒドリ=日取り=日雇い労働」
のことだと推定している。すなわち、農家が不作によって、日雇い
労働をしなければならない状況を見て涙を流すということで、当時
農業試験場からの農業指導が本業であった賢治にはぴったりの情景
だというのである。
しかし私は、最近ふと、別の第3の解釈もあり得ることに気づい
た。「ヒドリ」は「ヒトリ」が東北地方流になまったものではない
のか?……というのが、私の考えである。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
「宮沢賢治」と「松田甚次郎」
http://www.sasayama.or.jp/column/link_1.htm
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
では、「日銭を稼ぐ日取りの意味だ」との説はどうでしょう。
ここで引っかかるのは、次に「涙を流し」としている点です。
これでは表現があまりにプロレタリアート的にすぎると感じるのは
わたくしだけでしょうか。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
賢治七不思議(その7)
http://www.geocities.co.jp/SweetHome/4066/kenji/kenji7.html
(手帳の写真あり)
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
私は賢治の教え子の孫(28歳)です。花巻生まれの私としまし
ては「ヒドリ」説の方に一票です。
夏の晴天は、今でも喜ばれるものです。作物が大不作で涙を流す
ほどの日照りは、まだ経験したことがありません。(多少困るよう
になったのは、温暖化が進んだ近年だけだと思います。)
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
雑学。雨ニモマケズ
http://gackt.blog5.fc2.com/blog-category-5.html
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
世界一受けたい授業を見ていて気になったのですが、宮澤賢治の
『雨ニモマケズ』、一般的に広まっている文章には一部、間違いが
あります。知ってますか?
後半部分の、「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」という部分です。
漢字に直すと、「日照りの時は涙を流し」となります。この部分の
どこが間違っているのか。それは「ヒデリ」です。正しくは「ヒド
リ」なのです。お葬式という意味です。
人から人へこの文章が伝えられていく時、昔はコピー機なんて物
はありませんから、手書きで書き写していたのです。その過程の途
中で誰かがヒドリをヒデリと写し間違え、そのまま広まってしまっ
たのです。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
盛岡弁に隠された先人の英知に迫る
http://www.morioka-times.com/news/0409/14/04091413.htm
--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------
オラは方言「ヒドリ」は、カワセミ科の鳥「赤ショウビン」のこ
とも言うが、盛岡から南方面、矢巾、日詰、石鳥谷、大迫、花巻の
似内(にたない)で昔使われた方言で、カンカン照りの猛暑が10日
も続き空気が極端に乾燥状態になり、戸板などが反り返ったり、日
中数時間も戸外におれば、汗が目に入って目がすごく痛くなり、目
が真っ赤に充血する一種の日射病に近い目の炎症になり、涙がボロ
ボロと流れて苦しくなると話し、このような炎症になることを別に
「ヒドリマゲ」とも言い、今でも「カンカン虫(電気溶接者)」は、
電気溶接のとき保護メガネ無しで強烈なスパークを裸眼で何度も見
れば 5〜10時間後に目が真っ赤に充血して痛くなり涙がボロボロと
出る炎症になるから、今も使うよと話した。
--〔↑引用おわり〕------------------------------------------
--〔今週の作品〕--------------------------------------------
今週は休みます。
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--〔作品〕--------------------------------------------------
今週は休みます。
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--〔後記〕--------------------------------------------------
この週末は旅行に出ていますので、このメールマガジンは事前に
配信予約したものです。今回は特別号として、入沢康夫さんの原稿
を紹介しました。
入沢さんの説でほぼ結着していると思うのですが、インターネッ
ト上ではまだまだ諸説入り乱れています。〔BookMark〕の欄では、
そんな中からトンデモな説を選んで紹介してみました。虚実入り乱
れるのがネットの特性なので、こんな説も放置せざるを得ないので
すが、逆にちゃんとしたページで、説明を加えることも重要だと思
います。
宮沢賢治学会のホームページで、会報の最新号を紹介しています。
http://www.kenji.gr.jp/
また、近いうちにいくつかページを追加する予定です。お楽しみ
に。
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--通巻--323号---------- e-mail why@kenji.ne.jp-- -----------
--発行--渡辺--宏------- URL http://why.kenji.ne.jp/
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私のホームページ(宮沢賢治童話館、全詩篇など)は
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