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『喧嘩両成敗の誕生』(清水克行著 講談社メチエ)と『百姓から見た戦国大名』(黒田基樹著 筑摩新書)を読んだ感想です。
『喧嘩両成敗の誕生』の方が古い時代から扱っていますが、両者ともに似たような結論になっています。一言で言うと、中世から近世にかけての歴史の進み方が「自力救済から裁判へ」という流れであったということです。 中世はひどく殺伐とした時代だったようです。『喧嘩両成敗の誕生』の方では主に武士階級の中だけを見ていますが、『百姓から見た戦国大名』ではそればかりかすべての村が抗争にかかわり、領主や戦国大名を戦争に巻き込んでいくような存在であったと言っています。要するに殺し合いが日常的におこりうる時代だったのです。そしてその延長線上に「戦国」の名のとおり、戦争に明け暮れていたわけです。 民衆の生存そのものが保障されていなかったわけです。村を単位として生き残るための抗争があり、その中から安全を保障するための権力=戦国大名が生まれてきます。最後に戦国大名の中で秀吉が全国を統一し、大名間の戦争を封印します。最終的には徳川将軍の時代になって、ようやく全国的に平和な時代が登場します。戦争で明け暮れていた150年間から、数十年の過渡期を経て、200年にわたる戦争のない時代がやってきます。 歴史の時間には、中世の惣村では自治が行われていたのに、近世の村では領主の支配に服し、自治はできなくなったというようなことを習いました。「権力の支配」というパラダイムです。しかしこれはどうも解釈が間違っていたようです。自治はされていたが、非常に不安定で生存そのものも危うい中世の惣村の中から、自分たちの安全を保障するより強大な権力が生み出されてきたということだったようです。そしてその動きは全国を支配する将軍家の確立をもって完成し、ようやく平和な時代にたどりつきます。 権力は民衆にとって安全を保障する制度であると同時に、そのためには自力での救済や報復をはかる解決策をあきらめ、権力の支配に服す、つまり裁判権の委譲ということが必要になります。現代では当たり前である権力による裁きは、そうしておかないと民衆同士の実力抗争が避けられないからです。 自力救済そのものを否定し、公権力の裁判をめざしたものが、私闘には有無をいわさず両者に厳罰を持って臨む、「喧嘩両成敗」法でした。中世では自ら武装した公権力であった村々も、最終的には安全保障機能をより上位の大名にゆだねることによって武装を解除していきます。 いかにして平和を作り出すか、という問題意識にとっては、参考になる歴史考察です。残念ながら、国際社会というものは、日本でミニ国家が乱立していた戦国時代と同様、国家内では平和を達成したところが多くとも、国際間では相変わらずの自力救済が主な手段です。 安保理は何をやっているんだ、などと言いたくなりますが、長い目で見れば、平和を生み出す苦しみの過程にいるのだなと思います。まだまだ先は長そうではありますが。 お問い合わせお問い合わせは下のフォームからお願いします。 |
連載(337) 2006.10.18 |