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素朴なリアリズム

『リスクのモノサシ』(中谷内一也 著 NHKブックス)から拾ったネタです。

 「リスクコミュニケーション」について論じたなかなかまじめな本で、いろいろと感心するところがありました。その中で特に印象が残ったのが、以下のような内容の図解でした。

素朴なリアリズムとそれがもたらす認識
私は世界あありのままに見ている 自分の客観性についての幻想
新たな証拠についての歪んだ同化
わけのわかった人なら同じように理解するはずだ 第三者により証明されるとの過信
社会的予測が当たるとの過信
フォールス・コンハンサス効果
もし、そうならなかったら、それはなぜか? (自分と見解の違う他者は)
十分な情報をもたないからだ
バイアスがかかっているからだ
特異な性質の持ち主だからだ

 これだけでも想像がつくと思いますが、人は意外と客観性を保つのが難しく、客観的であろうとする人ほど、実は「素朴なリアリズム」にとらわれていることが多い、というような話です。

 この議論の何に感心したかというと、自分もこれにあてはまっているかもしれない、と思ったからです。図解を見ると、そういう人もいるだろうな、などと思ってしまうのですが、それなら自分はどうか、というとやはりこういう傾向はあると思うのですね。

 これらは程度の問題でもあって、もっとひどい人をたくさん知っている私としては、それに比べるとまだマシじゃないか、という思いから抜けきれません。これがもうすでに病気のはじまりかと思うとなかなか苦しいです。

 とてもひどい例を一つあげておきます。昔、某生協で「マヨネーズの容器はビンがよいか、チューブがよいか?」というアンケートをとりました。集計すると7割以上の人がチューブがよいと答えました。アンケートの集計結果の結論は、「こういう意見が多かったから、私たちはビンのよさをアピールしていかねばならない」というものでした。

 要するに、初めから人の意見なんか聞く気はなかったわけです。選挙で負けても、自分たちの意見が正しくて、選挙で負けるのは(国民がバカだから)(マスコミが応援してくれなかったから)(選挙ではない方法で正しい道を選択しなくてはいけない)などという結論を平気で出せる野党議員などもやはり同類です。

 しかしそれらを何というバカだ、などと思っている私もやはり同類ではないか…。こう考えるとちょっとショックでした。

 それにつけても、この本が「NHK」の出版だというのもちょっと笑えます。こんな本を出しているヒマがあったら、おまえのところの報道姿勢を何とかしろ、などと思ってしまいますね。五十歩百歩の話ではありますが。

 この本の本当に面白いところは、信頼性がどこから生まれてくるか、という議論で、人は自分と同じ価値観を持つ人を信頼する、というような話です。「市民団体」などの人に信頼されるのは、その団体と同じ思想を持っている人でないと、いくらがんばっても無駄である…、などというと身も蓋もないですが、やはりそういうものなのかな、などと思いました。


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連載(335) 2006.10.13

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